BUHI

いろいろ

夜の楽しみ

 仕事ばかりになると、自分の内面の部分の確保の重要性に気付く。忙殺されると自省する時間がなくなる。こんなことを書くと変なふうに聴こえるかもしれないが、詩的なものは生きていく上で必要と思う。詩的なものというと抽象的だが、芸術であれ、自然であれ、映画であれ、人との関わりであれ、感情を掻き立てるものがあるがないと窮屈になり、潤いがなくなる。

 現代では、詩、俳句、川柳、短歌は一般的ではないが、そうした手段を使って自分の内面を描こうとすることは、すごく人間的なことだと最近思う。散文では限界がある。どこの国でも昔から詩はある。現代で詩なんていうとどこか気恥ずかしいものに聴こえるが、本当はそんな特別なものでもなく、心の表現手段として普通の自然なものなのだろうと思う。たまに詩を読むが、確かに、心に沁み入るものもある。

 最近は読書もまたするようになった。寝る前に少し読む。今は、ナタリア・ギンズブルクの「ある家族の会話」という本を読んでいる。次の表現は、誰でも共有できるあの懐かしさの感覚を上手く表現した文章じゃないだろうか。少し長いが引用する。

「私たちは五人兄弟である。いまはそれぞれが離れたところに住んでいる。なかには外国にいるものもある。たがいに文通することもほとんどない。たまに会っても、相手の話をゆっくり聞くこともなく無関心でさえある。けれど、あることばをひとつ、それだけ言えばすべて事足りる。ことばひとつ、言いまわしひとつで充分なのである。あの遠い昔のことば、何度も何度も口にした、あの子供のころのことばで、すべてがもと通りになるのだ。『われわれはベルガモまでピクニックに来たわけではなァい』あるいは『硫酸のにおいはなんのにおい?』というだけで、私たちの昔のつながりが、これらのことばや言いまわしに付着した私たちの幼年時代や青春が、たちまちよみがえる。どこかの洞窟の漆黒の闇の中であろうと、何百万の群衆の波の中だろうと、これらのことばや言いまわしのひとつさえあれば、われわれ兄弟はたちまちにして相手がだれだか見破れるはずである。これらのことばは、われわれの共通語であり、私たちの過ぎ去った日々の辞書なのだ。それは古代エジプト人やアッシリア人、バビロニア人たちにとって象形文字がそうであったように、幾多の大洪水を切りぬけ、時間の浸蝕にも朽ちることなく、これらの辞句の中に生き続けてきた、いまはもうどこにも存在しないあるいのちの共同体の証なのである。これらの言いまわしは、私たちの家族のまとまりの大切な土台であり、私たちが生きているかぎり、地球上のあちこちでたえずよみがえり、新しい生を享けて生き続けるだろう。それがどこのどういう場所であろうと、だれかが『敬愛するリップマンさん』といえば、私たちの耳には、あの父のいら立った声がひびきわたるだろう。『その話ならもうたくさんだ。何度聞いたかわからん』」