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いろいろ

三連符、四連符・・・ 音の推進力

 音楽は音符が連続して成立する。当たり前のことだが意外と忘れやすい。例えば、三連符が三連符であることを認識するためにいくつの音符が必要か。

 答えは3つではなくて4つだ。3つだけだと最後の音の長さが規定されない。8分音符でタタタと弾いただけだと、4つ目の音が現れるまで、3つ目の音符の長さが明らかにならない。もしかしたら、タタターーーーーー かもしれないのだ。

 意外とこの意識は重要だ。特に、三連符=3つの音符、四連符=4つの音符とだけ考えると、そこの連符の部分だけ目立つ。リズムもズンチャッチャ型の野暮なものになる。

 例えば、 有名なショパンのワルツop.69-1の冒頭。

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 冒頭部分を、ミ♭レ|レ♭ミ♭レ♭|ドレ♭ファミ♭ と区切ると野暮に感じる。また、拍頭にアクセントが付きがちになる。冒頭のミレはアウフタクトなのだから、音楽の流れとしては、ミ♭レ→レ♭の矢印の部分が流れる必要がある。

 先ほどの話でいえば、ミ♭レ→レ♭の「レ♭」は確かに三連符の一部だが、三連符の冒頭というより、それ以前のミ♭レの8分音符の「レ」の長さを規定する役割の方が聴覚上は重要となる。なぜなら、この「レ♭」を聴いただけでは、三連符の冒頭の音だと分からないからだ。

 同様に、三連符となっているレ♭ミ♭レ♭についても、これに続くドが三連符を規定する音として重要になる。レ♭ミ♭レ♭が三連符として把握されるのは、レ♭ミ♭レ♭→ド、と「ド」があるからこそだ。このドが現れるまで「三連」符であるかは分からない。 したがって、流れとしては、レ♭ミ♭レ♭と切るのではなく、レ♭→ドまでが三連符を規定するものととらえた方がわかりやすい。

 以上のように考えると、ミ♭レ レ♭ミ♭レ♭ ドレ♭ファミ♭は、ミ♭レ|レ♭ミ♭レ♭|ドレ♭ファミ♭ではなく、意外と、ミ♭・レレ♭・ミ♭レ♭ド・レ♭ファ・・・というまとまりでとらえた方が音楽的に聞こえたりする。(・の部分をぶつ切りにするというわけではもちろんない)。

 小節線があるからといって、そこをぶつ切りにしても良いというものではない。音楽は、一つ一つの音が前に進み、次の音につなげられるという一つ一つの音の推進力に支えられている。これは小節線をまたぐ場合であっても同様だ。小節線でぶつ切りにすると、何の情緒もなくなる。

 こういう「音のつながり」は、管楽器などでは強く意識されるようだが、ピアノだと意識されないことも結構ある。